ロウトのプロフィール

当ブログに来てくれて
ありがとうございます。

こちらの記事では自己紹介を
させていただきますね。

 

僕はふだん、高校教師として
「理科」をメインに教えています。

そして副業としてネットビジネスを
1年半継続しており、
副業月収50万円を達成。

ありがたいことにコンサル生も
30人を超えました。

その中には月収50万を超し
念願の脱サラを果たした39歳の方や

家族を守る主婦として
月収10万円の自動化を達成する
ママさんもいます。

そんな本業でも副業でも
「先生」として活動している僕、
ロウトの自己紹介をさせてください。

目次

ポッキーのロウト

僕は1992年の11月11日に
福島県で産まれ、現在28歳。

そう、ポッキーの日に産まれたのです。

ちなみにですがちょうど
お腹から出てきたのが11時11分。

さすがにウソだろ、と思い
母子手帳を見たらきちんと
お医者様のサインがありました。

「母親すげぇっ」

ポッキーのロウトと覚えてください。

そしてありがたいことに、
父が医者をしていることもあって
裕福な家庭で育ちました。

母は専業主婦をしており、
家に帰ると「おかえり」
と出迎えてくれて。

3つ上の姉と、2つ下の弟と、
毎日5人で食卓を囲んで
その日あったことを笑いながら話す毎日。

栄養満点の食事のおかげで身長が181cm。
体型もヒョロヒョロっとしているので
よくポッキーと言われます。

そんな僕でも22歳の大学生の時に
出会った3つ年上の彼女と、
24歳の時に結婚しました。

子どもはいませんが、
2人で尊重し合いながら
毎日楽しく生活しています。

休日は一緒にマリオのゲームをやって
バカみたいに騒いだり、
旅行先で今しか見れない風景を眺めるのが

最高に楽しいなと感じています。
※プロポーズはディズニーホテル↓

仕事は定時制という夜間学校に勤めており、
勤務は12時から23時までという
めずらしい勤務形態。

なのでふだんは深夜の2時に眠り、
朝の7時に起きて副業をこなしています。

最近はカフェに行って
朝活するようにもなりました。

副業はだいぶ落ち着いているので
自分でコントロールできますが、
まだまだスキルアップをしたいので、

できる限りの時間を投じています。

幸運なことに
気の合う仲間とも出会え、
経済的にも余裕があり、

コンテンツを通してお客様と
向き合うことができる今の生活は
充実している
なと感じています。

気になることがあれば
自己投資としてコンサルをお願いしたり、
セミナーに出席したりと、

やりたいことを遠慮なくできています。

カフェに行けばたくさんの
仲間に出会えて切磋琢磨できますし、

コンサルしている生徒とは
ビジネスの相談はもちろん、

将来的にも一緒にビジネスがしたいので
よくご飯に行ったり、
毎週電話で話をしたりしています。

SNSを使うことができれば
仕事ができるのでネット環境と
スマホがあればどこでも仕事ができます。

飛行機移動でも
PCカタカタしていますからね。

しかも好きな人としか
ビジネスをしていないので
ノーストレスです。

感謝されることも増えて、
毎日がハッピーな気持ちになります。

今でこそこんな生活をしていますが、
「迷い」と「葛藤」の
繰り返しでした。

教師になれた瞬間は
「これから俺の人生が始まる!
この40年間を最高の教師人生にしよう!」

と教育に人生を捧げる決意をしていました。

ただ、教師生活は
身体も心もボロボロの連続

12時間労働、土日出勤は普通で、
困難校で生徒も荒れているし、

職場の人間関係も価値観の違いから
うまくいっていませんでした。

そして教師3年目の26歳の時に
ある出来事を通して、
プツンと糸が切れてしまったのです。

「こんなに頑張ってるのに、
すべて無意味だったんだ…。
もう、辞めたい…。」

とはいえ、教師になるために
学校の勉強しかしてこなかったので
学校以外で通用するスキルは1つもない。

教師以外の夢なんて
思い描くことなんてできず。

「もうガマンして
教師を続けていくしかない…。」

そんな暗がりの中にいました。

それでも諦めきれずに、
ネットで検索をかけていた時に
出会ったのがネットビジネス。

一念発起して挑戦するも
多くの失敗をして、
たくさんの壁を感じました。

それでも挑戦をやめず、
いろんな障害を突破して、
自動収入を得ることができました。

そしていよいよ、
脱公務員をすることに決め。
2021年にフリーランスになります。

ただ…
実は今でも、教師という素晴らしい仕事を
辞めたくはありません。

子どもは大好きで、
成長を実感した時が最高の瞬間ですし
生きがいを感じられます。

社会的にも信用度は高いですし、
安定で、給料も年功序列で
どんどん上がっていきます。

家族の大黒柱としても
この職を手放すのは、惜しい。
妻にも泣かれ、両親も猛反対。

でも。僕の夢は
学校と家の他に子どもたちが集まれる、
第3の居場所を作る
ということ。

それには今の環境では、ムリ。

「一度きりの人生、夢を追いたい。
叶えたい!!!」

そう心に決め、2020年の10月。
断腸の思いで退職することを
上司に伝えました。

上司にも反対されましたが、
自分の夢を追いたい。
やりたいことがある。

と伝え、1ヶ月かかりましたが
受理してくれました。

そんなこんなで
2021年3月に退職し、
フリーランスとして生きていくことに。

今はさらに「やってやるぞ」
という気持ちと
「絶対に成功する」という気持ちのみ。

ではなぜこんなにも
自信を持ってフリーランスになる、
という選択を取れるようになったのか。

それは、生活しているだけのお金を自力で、しかも自動で稼ぐことができるようになったからです。

ツールで稼いでいるわけではないので
どんな時代になっても稼ぐ自信があります。

この1年で「ビジネス力」を身につけたので
家族の大黒柱にも関わらず
思い切ってフリーランスになれるのです。

事実、この力は大切な人を
守ることにもつながりました。

妻は12時間労働の週6勤務のブラック職場で
毎日辛い気持ちになりながら必死に
働いてくれていました。

専業主婦になって欲しかったですが
共働きでないと生活が辛いため、
続けてもらうしか道はなく。

でも僕が副業で月50万円を稼ぐことができて
堂々と「辞めていいよ」
言うことができました。

妻は現在、週3でパート生活。
家事を積極的にやってくれます。

「稼ぐ力」は自分を助ける力にもなるし
大切な人を守る力にもなると気づきました。

さらにこの力は大切な人を
「作る」こともできました。

僕の力を必要としてくれる人。
僕のスキルを頼ってくれる人。
「ビジネスの教え子」ができたのです。

 

例えば、こちらの「ゆのさん」

この方は学校事務で働いており、
さらに副業としてモデルを
やっているというマルチタスクの方。

ただ、本業は土日勤務のブラック。
モデルも若いうちにしかできない
という不安から
ネットビジネスに目を向けた方。

学校関係者という共通点も多くて
意気投合したのもありますが
”文章力”という素敵な特技を持っていました。

「好きを仕事に」という
僕の理念に共感してくれ、
ビジネスを教えることになりました。

3つのわらじで多忙だったにも関わらず、
たった3ヶ月でブログを使った仕組みを完成。
初収益は6000円と驚異の金額を出しました。

仕組みとしてはまだ毎月5000円ほどですが、
この短期間で作っているのは
本当にすごいです。

将来は自身の経験を活かして
カウンセラーとなって、
学校不適合の生徒の支援が目標です。

僕も力になれることがありそうで楽しみです。

 

また、こちらの「けんけん」さんは大学生。

もともと営業職に就きたい
と考えていた方ですが、
会社勤めだけでいいのか心配になり
ネットビジネスを始めました。

ビジネス開始からたった4ヶ月で
毎月6桁収入を確保しているので
もう就活はしていません。

新卒フリーランスという、
勇気ある一歩を踏み出そうとしている
元気のある青年です。

 

自分の力を高めていたら、
他者にも貢献できるようになりました。

そしてネットビジネスはきちんと学べば、
きちんと成果が出るとも痛感しました。

学校のテストと同じです。
毎日予習復習する生徒は、
コンスタントに良い点数を取りますよね。

ビジネスを本質から学べば、
どんな人でも人生は変えることができます。

そんな僕もビジネスを通して、
人との出会いのおかげで
人生が変わった1人です。

ここからは僕が

  • どんな思いで教師になったのか
  • どうして教師を辞めようと考えたのか
  • なぜネットビジネスをしているのか
  • 最終的にどうなりたいのか

 

黒歴史もあるので恥ずかしいですが、
あなたが現状に不満があるのであれば
参考になるはずです。

隠すことなくすべてお伝えします。

教師が嫌いな高校生

僕は高校時代、
理不尽で退屈な授業を繰り返す、
「先生」という職が嫌いでした。

「この”must”はどんな意味だ?」
「えーっと…」
「はい、立ってなさい。」

「吾輩は猫である…」
(先生が音読する意味ってある?)
(全部教科書に書いてあるよ…)

「勉強なんて楽しくないし、
先生も同じ話を繰り返す退屈な職業だよな。
絶対なりたくない仕事だわ。

授業はあまり聞かず、
テスト前日に一夜漬けで
テストの点を取っていました。

なんちゃって進学校でしたが、
みんな勉強より部活に燃えるタイプ。
なので300人中30位には入れていました。

僕もテスト前日以外は
部活に明け暮れたり、
友達と遊びまくっていました。

どちらかというと、
将来やりたいことがなかったので
部活に逃げていた、という表現が正しいです。

そんな逃げグセのある僕ですが、
なんとなく父の影響で
医者になろうと考えていました。

相変わらず勉強は一夜漬け。
模試では点が取れませんでしたが
部活を引退すればなんとかなるはず。

そんな甘い気持ちで
ダラダラ過ごしていました。

そしていよいよ部活を引退し、
本腰を入れようとしていた
高校3年の夏。

範囲の広すぎる勉強に嫌気がさして、
アニメや漫画に逃げていました。

一緒に部活を頑張っていた仲間は、
そのエネルギーを勉強に活かして、
急に成績が伸び始めていたのに。

勉強に向き合おうとせず、
「まだ大丈夫、まだ大丈夫」と言い続け…

とうとう大学受験は全滅。

クラスの友人や部活仲間が次々と
進路決定していく中で、
とても惨めな思いをしました。

「医学部に行きたいからたった
半年勉強しただけじゃムリだったわ」
という言い訳を用意して強がってましたが

本当は、
「絶望」や「恥ずかしさ」、
「後悔」しかありませんでした。

「もう一生こんな気持ちにはなりたくない」
と決意し

「この1年は運動を捨てて
勉強に全身全霊をかけて挑んで
医者になろう」

その覚悟で大手の予備校に
通うことを選びました。

テレビも友達もない浪人生活

予備校の医者を目指すコースに入学し、
ハイレベルな教育を受けました。

まわりはみんな親が弁護士だったり
開業医だったりと、
いわゆる「ボンボン」の集まり。

「昨日、ヘリコプターで
都内の花火見てきたんだけどさ」
なんて会話もありました。

「オレ自慢」や
「マウントの取り合い」
に疲れ果てて。

「友達と話す時間もいらない。
とにかく勉強しよう。」

その覚悟を決めて、
ずっと無言で過ごしました。
休み時間も昼休みもぼっちです。

お昼は人が通らない階段で
菓子パンを1人食べながら
英単語をブツブツ唱えていました。

一番苦痛だったのが、
予備校の寮。

夕飯は寮生全員が一斉に食べるシステム
だったのでぼっちがバレる…。

「1人が好きなんだ。」
と心で唱え続けて3分で食べて、
自室に戻っていました。

友達は1年間で皆無。

ベッドと勉強机しかない4畳の
1人部屋でひたすら勉強を
していました。

そんな浪人生活でしたが
救いもありました。

友達はできませんでしたが、
先生とは仲良くなれたのです。

予備校の先生は僕が今までに出会った先生と
全く違い、カリスマ性があり、
惹きつける魅力を持っていました。

圧倒的な話術と授業構成、
説明力の高さでどんな人にも
「わかりやすい」授業。

なにより、熱い。

「大人は君たちを信じない。
だってまだ未熟な子どもだから。
突然、”YouTuberになる”
とか言われても反対するよ。

でも信頼を獲得する方法はあるぞ。
大学に受かれ。
今、宣言して受かれ。

結果を出せば信頼される。
結果で大人を納得させるんだ。
夢があるなら、今年受かれ。」

そんな言葉に何度も救われ、
壁にぶつかると遠慮なく先生に
質問しに行っていました。

とてもおもしろおかしく
説明してくれましたし、

塾生なんて何百人といるのに
僕だけにかなりの時間を投じてくれて
寄り添ってくれたのは衝撃でした。

しかも教えるのが楽しそう。

「ロウト君は、論理的に考えた方が
うまくいくタイプだけどテストになったら
時間が無くなっちゃうでしょ。

だから同じような問題をたくさん解いて
パターン化させれば劇的に点数は
上がると思うよ。

あ、この問題集いいよ。貸そうか?」

僕はトリコになり、
あれだけその場しのぎの勉強しか
していなかったのにもかかわらず、

趣味が勉強なのでは、
というほど大好きになりました。

知らなかった世界を知れる、
すばらしさ。
本当にワクワクしていました。

「こんなに仕事を楽しそうにしている
ステキな大人っているのか!
いいなぁ…。」

「高校の時にこんな先生と
出会えていたらまた違った人生に
なったかもしれない。」

「自分のような人にも
寄り添ってくれるような、

勉強を楽しいと思わせてくれるような
学校があれば人生が変わる人も
いるのでは…。」

「今の高校を変えたい。」

「予備校で出会った
最高の先生たちのように、

勉強がおもしろいと思わせられる、
そんな先生になりたい。」

人生で初めて、
心から「なりたい」
と思えた職業でした。

なんとなく医者を志していた
ところから一転。
教育学部を受けることを決意し。

明確な目標を持てたので
さらに勉強に磨きがかかり。
「絶対に最高の先生になってやる!」

気合いの入ったセンター試験は
過去最高点をマーク。

1つも受からなかった1年前と比べて
今回は「選ぶ」余裕がありました。

二次試験も無事に突破し、
夢の教師になるため、
関東の教育学部に進学したのでした。

これから始まる新しい生活。
そして確固たる目標を持ちながら
ワクワクした気持ちで田舎から上京しました。

最高の出会いの大学時代

予備校の時は孤独になりすぎていたので
大学では友達をたくさん作ろう、
と決意し積極的に友達と遊んでいました。

メイド喫茶で魔法を唱えながら
オムライスを食べたり、
茶髪や銀髪にしたり。

原宿で奇抜な衣装に身を包んだり、
自転車で埼玉から東京に行ったり。
バイトもいろんな職を経験していました。

勉強効率が悪い自覚はあったので
勉強時間を可能な限り伸ばし、
授業も楽しく取り組むことができました。

そんな充実した大学生活の中で、
笑顔がステキなとても明るくておもしろい
女性とも出会えました。

 

僕より3つ年上の方で、
同じバイト先の社員でした。
みんなと遊んでいるうちに

どんどん惹かれていきますが
しょせんこちらは大学生。
相手にされませんでした。

でも、
「この人と付き合えなかったら
もう結婚なんてしない。」

そう決意し、
5回目のディズニーデートで
やっと気持ちが通じました。

それが今の妻との出会いです。

大切な人ができて
大切な仲間と、
大切な経験をして。

大学4年の時には
教員採用試験を受けました。

もちろん勉強は大変でしたし、
時間もかけましたが
たくさんの経験といろんな人に支えられて。

「受かったーー!!」

 

 

 

あの時の喜びは言い表せません。
やっと夢のスタートラインに立てた、
ここから自分の物語が始まる!

まだ見ぬ生徒との触れ合いを楽しみに、
全く眠ることができませんでした。

そして、合格発表から3日後。

校長先生から
「顔合わせをしましょう」
という連絡が来て。

未来の職場へワクワク
しながら訪問しました。

そこで衝撃の事実を知らされます。

 

「夜間は大変でしょうが
一緒に頑張りましょうね。」
と校長先生に言われたのです。

実は、
同じ校舎で昼間と夜間があり、
僕はその「夜間採用」とのこと。

「え…….?」

胸がざわつき、
黒いモヤモヤに支配されました。

なんせ、金八先生とか
ごくせんの世界のイメージでしたから。
とはいえ、

「いやいや同じ高校生。
少し違うかもしれないけど
本質は同じだろ!」

と特に気にせずその日は
職員室で先輩教員から
引き継ぎを受けて帰りました。

次に来るのは4月1日!
楽しみなような、
少しの不安を抱えながら校舎を後にし。

残りの大学生活を
とても充実させたものにし、
無事に大学を卒業しました。

夢の教師生活!しかしそこでは…

いよいよ赴任。

バタバタと忙しくしましたが
無事に生徒の登校日を
迎えました。

そこからは一瞬。

「初めまして。
今年から先生になったロウトです。
よろしく」

→「あん?」

 

「携帯いじらないようにね。」
→「チッ」

 

「イヤフォンはずそうよ。
校長先生だって話してるし」

→「シャカシャカシャカ…(音漏れ)」

「あれ、僕の知っている高校生ではない…?」

悩む暇もなくいよいよ初めての授業。

ただ、もちろん…

「は?授業?うっぜーよ」

「信頼?くさすぎww」

「努力?そんなの無意味だろ」

暴言が日常茶飯事。
まともな授業なんてできずに
注意していたら終わり。

そしてまわりの教師は…

「努力しても生徒には響かないよ」

「どれだけ楽してこなすか、です」

「面倒な生徒は退学させましょう」

と、僕の知らない現実が
広がっていました。

そんな職場が嫌で
仕方ありませんでしたが
「きっと自分もそうなってしまう」

そんな漠然とした恐怖がありました。

いえ、たった数日で
「そんな思考もありかな…」
と思っていたのが事実です。

そのくらい、「あきらめた方が楽だ」
と思えるくらいの惨状で。

ずっとモヤがかかった感じがしていました。

とはいえ、ずっとなりたかった職業です。
必死に毎日を過ごしているうちに、
2つの大きな気づきを得ました。

1つ目は、
勉強の本質とは、
「楽しむこと」だということ。

生徒の進路は大半が「就職」です。
なので、「受験勉強」は必要ありません。

当然、教科書の内容だけでは
日々の授業に関心を持って
取り組んでくれることはありません。

しかし僕は、
予備校で僕を感動させてくれた
カリスマ講師のように

彼らに勉強する楽しさを
知って欲しかったのです。

「わかる」という素晴らしさ。
自分の可能性が広がっていく感覚。
努力してつかむ達成感。

知れば知るほど、
探究すればするほどワクワクする、
この世界の楽しさを知って欲しい。

僕はいかに理科をおもしろいと
感じさせられるか。

モチベーションを維持させるためには
どうすればいいか。

どんな仕掛けで、
どんな問いかけだったら
生徒が反応してくれるか。

いろんな研修会に参加したり、
ベテランの先生に話を聞きに行ったり。
研究し続けました。

そしてその本質に行き着いたのです。

例えば理科の実験だと
受験のためには細かな器具の使い方や
結果的にどうなるかを「暗記」する必要があります。

でも本来の実験とは

「なぜこうなるのか?」
「うわ、こんな結果になるんだ!」
「えー?なんでだろう??」

という疑問や感動、
予想できない結果に驚きを感じ
自然現象の不思議さを感じるべき。

実際に、
「味覚を消す」フルーツを食べさせて
「えぇぇぇ、なにこれ!?」

「理科、おもしろいな」
という感想を引き出せた時は
本当にうれしかったです。

これが本当の教育なんだと。
僕がやりたかった教育は教科書に
縛られる必要はなかったのかも、と。

教育の本質に気づけました。

 

 

2つ目は定時制に通う生徒の
家庭環境の悪さや貧困を
とても身近に感じたこと。

  • だいたいの家庭が離婚や死別で片親
  • 生活保護はフツウ
  • 日本でも7人に1人は「貧困」

 

”貧困”や”虐待”なんてそうそうない。
そう思っていましたが
実際にはとても多く、

自分の無力さを痛感しました。

「どうにかしたいけど、
お金を渡すわけにもいかないし。」

「裕福な家庭に育ったから、
本当の意味で彼らの気持ちは
わからない…。」

そんな力不足という
無力感を抱えながらも、

どうにかしたい、
という気持ちを強く持ちました。

教育の最前線へと立ち、
定時制に配属されたからこそ
出会った新しい価値観。

それと同時に自分の無力さを痛感した
23歳の社会人1年目は
こうして終わりを迎えました。

2年目の24歳では初の担任に。
クラスにはヤンチャな子がたくさんいて、
それはそれは大変でした。

「短ラン」とか「リーゼント」とか、
スラムダンクの世界でしか
見たことのないものを生まれて初めて体験。

「バイク改造しないで。」
「イヤフォンはずしなさい。」
「携帯しまいなさい。」

そんなやりとりと。

「ロウト先生。
また警察が来てますよ。」
と呼びだされる毎日。

地獄の日々が続きました。

教師3年目の25歳の時には、
高校2年生の担任をしながら
責任ある仕事を任され。

どれもミスをしたら
いろんな人に迷惑がかかるどころか、
新聞に取り上げられることばかり。

役職についたからといって
給料が上がるわけでもないので、
ただただ大変になっただけでした。

責任重大な仕事をこなしつつ
相変わらず生徒は荒れ放題。

しだいに、
「楽しい」や「嬉しい」より
「大変だ」とか「ストレスだ」
と感じることの方が多くなり、

朝起きて学校に行くまでが
辛くて辛くてしょうがなくなりました。

「なんで僕だけこんなに
忙しいんだろう」

「ベテランの先生はまたサボりか。
こんなに働いているのになんで給料が
ベテランの半分以下なんだろ。おかしい」

「もっとみんな、働いてくれ…。」

週5勤務に土日の部活動。
研修や出張も多く、
毎日のように書類業務。

そんな仕事に追われる毎日。
常に糸を張っておかないと
倒れるのではないかと思うほど。

それでも頑張れたのは
予備校で出会ったカリスマ講師のようになりたい。
生徒にとって最高の先生になりたい。

次の世代を担う生徒が
思い切り挑戦できるような基礎体力を
教えてあげたい。

その「願い」があったからです。

 

そんな、多忙を極めているある日。
授業中に携帯を使っている生徒を注意すると
反発してきた生徒がいました。

「なんで使っちゃいけないの?」

「学校のルールだから。
先生も注意したいわけではないんだから
きちんと守ってよ。」

すると生徒が、
「注意したくないなら
放っておけばいいじゃん。
ていうか、

先生なんて辞めろよ。」

 

その瞬間、ガツン、と
頭をバットで殴られた気持ちに
なりました。

その言葉にギクリとされ、
深く、深く突き刺さりました。

うまい返しなんて言えず、
全ての音が消えて、
目の前が真っ暗になりました。

「え、なんで…」

「こ、こんなに努力しているのに…?」

「こんなに生徒のことを思っているのに、
誰よりも強く思っているのに、
自分も家庭も犠牲にして、

大変な思いをしてここに立っているのに…?」

職場では、誰も助けてくれない。

どれだけ仕事をふられても、
受け入れて。授業も必死にやっているのに。

「僕の気持ちも仕事も、
何も伝わっていないのか…。」

「あれ、こんなに努力して
まわりの教師にも染められないように、
必死に勉強、研究しているのは…」

『なんのためなんだっけ?』

「無意味、じゃん。」

ずっと、気づいていました。
なんでこんなに僕だけが
頑張る必要があるんだろう、と。

でも考えないようにしていました。

ずっと憧れていた、
「教師」という仕事。

予備校の時に出会った、
素晴らしい最高の先生みたいに
なりたい。

その気持ちだけで、
必死に努力してきました。

でも、報われない、現実。

「先生辞めろよ」
というたった一言。

それだけで抑えていた
僕の全ての感情がドッと
押し寄せてきました。

ずっとギリギリの状態でした。
ガケの上から下をずっと
見下ろしていました。

見ないフリをしていました。
でも、たった一言に背中を
押されてしまったのです…。

 

授業は毎日あるので、
なんとか作り笑いで
しのぎ続けていましたが

ある時いきなり頭痛と
吐き気と高熱に襲われました。

即、帰宅しそのまま病院へ。
原因は過労でした。

そのまま高熱がおさまらず、
1週間お休みをいただき、
ゆっくりとした時間を過ごしていました。

そんな中でふと感じたのが
「病気で死ぬことはあり得る」
という当たり前の事実。

確かに教員の「うつ」とか
「病気」はよくニュースにも
なるのですが、

「自分は大丈夫だろう。」

そんなふうに思っていたので
あまり身近に感じていませんでした。

はじめて、こんなにも苦しくて
体のいうことが効かないんだなと
心の底から痛感しました。

そして。

このままこの環境で頑張っていて、
後悔しないのだろうかと考えました。

人間、いつか死にます。
それが80歳か、100歳か。
でも、もしかしたら明日かも。

その時、僕は自分の人生に
「後悔」はないのだろうか、
と考えました。

今まで、必死に
教師になろうと努力してきて。

教師になってからも
真剣に向き合ってきて。

僕の人生を変えてくれた、
予備校のカリスマ講師のように、

生徒が「最高の高校生活だった!」
と感じてくれるように、
毎日努力を続けていました。

でも結果は…
暴言暴挙で
裏切られてばかり。

ストレスばかりの生活で
家族も大切にできていないし、
自分も犠牲にしている。

「生徒のために努力し続けていたけど、
これが僕の目指していた姿なのか…?」

「教師は続けたい。でもこの環境以外で
教師を続けることはできないだろうか?」

もう少し、自分の人生を生きていける
”余裕”があるような。

いろんな経験を積めて、
その経験が役に立つような。

切磋琢磨できるような仲間を
見つけて達成感を感じられるような、
そんな人生にしたい。

「自分の人生なんだから、
もっとわがままになっても
良いのではないか?」

今まで見ないフリをしていた
自分の欲求に初めて気づくことが
できたのです。

「自分を犠牲にしたくない。」

「大切な人との時間を大切にしたい。」

「たった1度の人生、後悔したくない。」

せき止めていた「欲求」が
なだれのように押し寄せてきました。

そこからは、目が覚めたように
理想を実現できるような生き方ができないか
必死に調べるようになったのです。

それが2018年の冬。

当時26歳で教師3年目の僕が考えていたことでした。

世間知らずの普通教師が外の世界へ。

相変わらず教師という
仕事は忙しかったので
限られた時間しかありませんでしたが

本やネット、セミナーを通して
全く知らない領域を探究し
知識を蓄えていきました。

まるで田舎から東京に出てきた時のように。
「こんな世界があったのか…」
と感動しました。

  • 旅をしながら写真を撮り続けて生活している人。
  • うつ病から復帰してSNSで稼ぐことができるようになった人。
  • 未経験からエンジニアになり、フリーランスとして活動している人

 

たまたま「教師 辞める」
と検索した時に見つけた
ブログがありました。

その筆者は、
教育が好きで好きでたまらないのに、
管理職のパワハラと激務で体調を崩し。

失意の中にあったにもかかわらず、
どうにか自分の体調と
折り合いを付けながら

教育に関われないかと模索した先に、
自宅でフリースクールを開く
という選択を取った元先生。

なかなか学校に通えなくなってしまった
子どもに対してマンツーマンで
勉強を教えているとのこと。

「そ、そんな選択肢があるのか!」

ドキドキして必死になって
その人のブログを
すみからすみまで読みました。

その人は働いている時に
不登校の生徒がどんどん増えていく
現状に耐えられず、

病気のこともあって
学校ができないことをしよう、と

自宅でフリースクールを
運営しようと考えたとのこと。

「これこそが自分のやりたかった教育を
体現できる理想の環境だ!」
と感動しました。

やっとつかんだ夢は
学校と家庭ではない、
「第3の場所」を作るという夢。

「もうこれをやるしかない!」

そう考えてワクワクしていたのですが
1つだけ、問題点を
発見してしまいました。

「お金」です。

その人の生活の主軸は会社員の旦那さん。

フリースクールのお金で生計を
立てることができていませんでした。

一方で僕は家庭の大黒柱。

やりたいことをやる、にはやはり
お金は必要なんだなと
痛感したのです。

「やっぱりきついのか…」
「壁しかないなぁ。世の中甘くない…。」

「もっと違った生き方はないだろうか。」

そんなとき、「副業 20代」
と検索し「マナブさん」
という方を知ります。

マナブさんは

ネットで「稼ぐ仕組み」を作り
”自動化”させることで寝ている間にも
稼ぐことができていました。

「そんな世界があるのか…!」
そこから夢中で
マナブさんのブログを読み漁り。

ネットビジネスが初期投資なしで
しかも少ない労働時間で
会社員以上の収益を生み出せると知ります。

現に、マナブさんは朝だけ働き、
あとは自由な生活をしていて
年収は8000万円。

最初はただの憧れでしたが
ブログを読んでいくうちに、

「バッチーン!!」

と点と点がつながりました。

「も、もしかして…」

「ネットでお金を稼ぐ仕組みを作れば、
リアルでフリースクールを
作ることも可能なのでは…?」

暗闇に光が見え始めた瞬間でした。

僕はこの人みたいになれば
収入も安定させながら
理想の教育を実現できるのでは。

しかも教師でずっと勉強してきたから、
文章は人よりも得意なはずだ。

「もし、お金の面がクリアできれば、
最高の教育環境で、
最高の教育ができるぞ!これしかない!」

そう考えました。

「とにかく行動してみよう。
勉強なら得意だし
なんとかいけるはず。」

”とりあえず”の精神でまずは
マナブさんの言うことを信じて
ブログとプログラミングを勉強し始めました。

チャレンジと失敗

決意してからは早かったです。

成功すればすぐ取り返せるはず!
そう考え、3万円でブログを開設し、

「教師になるため」や
「高校の理科を勉強するには?」
などのテーマで執筆。

同時進行でプログラミングも
無料教材で勉強していたのですが、
なかなかうまくいかなかったので

思い切って1ヶ月10万円の
プログラミングスクールに
通うことにしました。

妻には、「プログラミングは
小学校でも取り入れられるから
勉強しておきたくて。」

と伝えて了解をもらい。
本業とブログとプログラミングの
三足のわらじを続けること、4ヶ月。

 

全て、うまくいきませんでした。

ブログは50記事書いても収益はゼロ。
書いてても楽しくないし、
ネタ切れにもなりました。

プログラミングスクールは
無事に卒業し、あとは案件をとるだけ!
という状態になっていましたが

エンジニアや経験年数が
段違いのライバルに勝てず。
実績ゼロからは厳しい世界でした。

「なにもかも、うまくいかない…。」

「10万円以上も自己投資したのに、
1つも取り返すことができないなんて…。」

なにか打開策はないだろうか、
といろんな情報に触れるも、
振り回されて結局挫折していました…。

「結局、ネットビジネスで
成功するのは限られた才能を
持った人だけなんだ。」

そんな失意と絶望に襲われ。

本業の忙しさと副業の結果の出なさに
モチベーションはただ下がり、
無理がたたって体調も崩していました。

「やっぱり、理想は叶えられない、か…。」

正直、あきらめかけていました。

運命的な出会い

そう考えていた時に。
運命が動き出しました。

ある時、Twitterで知った人の
ブログやツイッターを見ると
他の人とは違う雰囲気を感じました。

圧倒的に読みやすいブログと
感情を揺さぶる文章。
Twitterも楽しそう。

とても最初から好印象でした。

その人はブログを100記事書いても
収益化できず痛い目を見た、と書いてあり
共感を覚えました。

ただ1つ違うのは、その人はすでに
ビジネスで成功して月100万円を稼いで
念願の脱サラを果たした、ということ。

「つ、月100万円…?脱サラ?
僕と同じような過去なのに…。」
思わずTwitterで声をかけていました。

「どのように稼げるようになったんですか?」

そこから何回かやりとりをしましたが
僕の失礼な質問にも細かく答えてくださり、
一度仕事風景を見させてもらうことに。

もちろん最初は怖かったです。

「なにかに勧誘されないかな?」
「そのまま誘拐されたらどうしよう…」
「悪徳業者だったら
借金背負わされたりするのかな…。」

「でも、現状で稼いでいる人なんて
身の回りにはいないし、
生身の人間に会ってみたい。」

「ここであきらめたらずっと
教師を続けなきゃいけなくなるかも
しれないし…。」

「怖いことがあったら逃げればいっか!」

そんなこんなで仕事を午前休にし、
会いに行きました。

やはり会う時はワクワクと不安が混ざって
少し緊張しましたが、そこにいたのは
普通のカフェで作業している25歳の好青年。

話し始めてすぐ、
おもしろい人だなという

安心感がありました。

その人(Hさん)はもともと
ブラック企業で勤める医療関係から
副業としてネットビジネスを始めるも、

一度挫折。

HさんもたまたまSNSで出会えた人に
ビジネスを教わって、たった半年で
月70万円稼ぎ、無事脱サラした、

という話を聞きました。

今はブログの収入や自分の商品、
セミナー講師や人にビジネスを教えることで
生計を立てていることを知ります。

「す、すげぇ…。
自分の商品なんて作れるのか..。
これがネットビジネスなんだ…!」

「あ、子どもにネットビジネスを教える、
というのもおもしろいかも。」

そんな刺激しかない話を聞き、
さらに僕がやっているブログや
プログラミングまでアドバイス。

「ブログやプログラミングだけ
やっててもずっと労働ですよ。」

「”ビジネス”だから、
集客・販売・商品の流れを
勉強しないといけないんです。」

「基礎からコツコツ学んだ方が
いいと思いますし、経営の力も
ネットビジネスで学べますよ。」

なるほど、だから自分は
失敗したのか!
と、視界がパーっと晴れました。

そのくらい、説得力のある、
わかりやすい説明をノートを使いながら
話してくれました。

さらに話は続き、
Hさんは楽しそうに
話をしてくれます。

「僕、実はパーソナルトレーナーの
ジムを作るのが夢なんです。」

「ジムを作るって経営者になる
ってことですか?」

「はい。でもいきなりは
リスクが高すぎますよね。

なので失敗したとしても立て直せるし、
ランニングコストのかからない”ネット”で
経営を実践して、

リアルで必ず成功するために
動いているんです。

「はぁーなるほど。でもそんな”経営”なんて
幼少の頃から教育を受けている
特別な人だけじゃないんですか?

Hさんの年齢からでもできるんですか?」

「あきらめるのは簡単ですが、人生、
挑戦した方が楽しいじゃないですか。

僕自身、1年間のネットビジネス人生で
だいぶ見えてきましたよ。

あ、でも1人で経営しても
楽しくなさそうなので、
仲間と一緒に経営したいなと思っています。

だからビジネスを教えることを通して、
仲間を集めているんですよ。

その言葉に僕は、

「もしかして、
可能性を狭くしていたのは
自分だった…?」

と気づくことができたのです。

Hさんのおかげで
自分の本当にやりたいことに
気づくことができました。

そして、

「この人と一緒なら。
前を走っているこの人の後ろ姿を
見ることができれば、

自分の目指す理想へ
近づくことができるのでは。」

「いや、むしろ、この人に
ビジネスを教えて欲しい。」

そう考えて。

「あの、僕にもビジネスを
教えてくれませんか?」

そんなプロポーズのような
言葉を言ったのです。

Hさんは驚いていましたが、
いくつか条件がある、と前置きをし、
ていねいに説明してくださいました。

  • Hさんの目的は、将来一緒にビジネスができるほどビジネス力を鍛えてもらうこと
  • だから途中で挫折されると困るので、絶対にあきらめないと誓えること
  • ロウトさんが僕のことを信じてくれること

 

すべてにイエスと答え、
むしろこっちからお願いしたいくらいだ、
と思っていました。

そして最後の条件は、
お金がかかる、ということ。

「本気でやりたいし
本気でやってほしい。
だから覚悟のいる金額ですよ。」

その、覚悟のいる金額を聞いて
急にビビりました。

いくら仲良くなって、
信用できそう、
とは言っても怖いものは怖い。

しかも冷静に考えると、
僕は妻と同じ財布だったんです。
迷いに、迷いました。

でも、
「ここで挫折したら結局、
ブラックな環境で教師を続けて
家族を幸せにできない。」

「大学で学ぶのと変わらない金額だし、
当然かかる費用だし、
Hさんは絶対に詐欺師ではない。」

「ここで断ったら、
ここまでの人と出会うことは
ないかもしれない。」

「やっぱり。この人にお願いしたい。」

そう決意し。

「全力で稼げるように頑張ります。
ご指導お願いいたします。」

そう答えて、
Hさんにビジネスを0から
徹底的に教わることになりました。

帰りの電車では、
「やばいことやっちゃったかな…。」
という不安に襲われましたが、

Hさんからさっそく
課題を出されたので、
「大丈夫そうだな」と安心しました。

そしてそのまま仕事に行き、
夜の22時に帰宅。
僕にとっては最大の試練が待っていました。

そう、妻への報告。

家族のために、という
気持ちで決断したので
その家族に隠したくはなかったのです。

意を決して
妻に今日の出来事を
すべて、話しました。

  • 実は教員の仕事は限界が来ていて別の場所で頑張りたい
  • Hさんに教わってネットビジネスで自動化と経営を勉強したい
  • 教わるためにお金を支払ったこと

 

妻からすると、
教員を辞めたとしても
転職くらいだろうと

そう、思っていたと思います。
それが、ネットビジネス。

しかも今日初めて会った人に
相当な額を払ってきたという
非常識っぷり。

 

泣かれました。大泣きでした。

話をしながら何度もウソをついた方が
彼女のためなのかもしれないと
逃げそうになりましたが、

誠心誠意、隠すことなく
すべて話をしました。

心配と不安しかなかったでしょう。
ネットビジネスというものに”怪しい”
という気持ちもあったでしょう。

Hさんに不信感もあったでしょう。
でも、

「家族のためにその決断を
してくれたのでしょう?」
と問いかけてくれて。

「Hさんはまだ信じられないけど、
Hさんを信じたあなたを信じます。」

「やるからには全力でやって、
結果で証明してください。」

 

そう、言ってくれました。

僕も、
「絶対に半年以内に
結果を出します。」

と誓いを立てて、
4時間の話し合いは終わりました。

そこからは、もう迷いませんでした。
夢を応援してくれる妻と、
そのやる気に応えてくれるHさん。

2人のおかげで来る日も来る日も、
全力でネットビジネスに取り組みました。

最初は紙とペンからスタートして。
戦略をしっかり練って。
Hさんの言う通りに行動し続けました。

そして初月からお客さんを
集めることに成功。

僕の職場は副業禁止だったので、
Hさんの口座を使わせてもらっていたんです。

そして2ヶ月後…。

「キタァァァァァァ!1600円!!」

 

教員採用試験に受かった時と
同じくらい、嬉しかったです。
たったの1600円ですが…

4ヶ月間必死の努力をしても
1円も稼げなかったのに
Hさんの言う通りに行動していたら

たったの2ヶ月で稼げるようになったのです。

やっと掴んだ1600円は
額面の50倍は価値あるものに
思えました。

しかも、独学の時に感じていた、
「このままで稼げるようになるのだろうか」

という不安はきれいさっぱり
なくなっていました。

自分の一歩先を歩いてくれている人がいる、
というのはそれほどに安心感があったのです。

もちろん新しいことをすればするほど、
壁にはたくさんぶつかりました。

でもそのたびに相談したり、
試行錯誤しながら確実に突破していき。

自分が使ってみて良かったものを
どんどん紹介したり、販売したりしながら
確実に稼いでいく仕組みを作っていきました。

なによりそれで喜んでくれる
お客さんがたくさんいて。

「ビジネスやってて、よかったぁぁぁ!」

4ヶ月目には10万円を突破し、
5ヶ月目以降も20万円前後を
キープしていました。

妻への宣言通り、
ビジネスを始めて半年後には
コンサル料なんてあっさり取り返し、

むしろそれ以上に稼ぐことが
できるようになっていたのです。

おかげで月に1度はお金の心配をせずに
妻と旅行に行くことができます。

宿や食事を、値段も何も気にせずに
選ぶことができるので
最高の思い出を作れます。

記念日には高級料理を
食べに行くことだって
できるようになりました。

ビジネスを始める前とは
全く違った人生を送ることが
できるようになっていました。

「最高の人生だ!!」

そんな中、情報発信していると
自分と同じようにブログやプログラミングを
失敗している人がいることに気づきました。

そしてある時、
公式ラインのメッセージから、

「自分も絶対に副業で成功したいのですが、
何から始めればいいかわかりません。」
と相談が来ていました。

そのAさんはパソコンなんて持っていないし、
LINEも最近始めた、
というネットそのものがど素人状態の人。

そして相談に乗っているうちに、

「自分にもネットビジネスを
手取り足取り教えてくれませんか?」

そう言われました。

僕は「自分もまだ勉強中の身だし、
自分の作業の時間が減るのは嫌だな」と、

自分がHさんにあれだけ
お世話になっていることも忘れて、
最初は断ったのです。

でも、そのAさんの困り方をみて、
Hさんと出会う前の過去の自分と重なって。

初めて、ビジネスの生徒を
取ることにしました。

Aさんにとっては僕が師匠なので、
表向きでは自信満々に、

裏では自分にできる最大の力を
発揮しようともがきながら
全力で教えていました。

そこからわずか1ヶ月。
機械ど素人のAさんが、
なんと初収益を達成しました。

「ウソ!僕は2ヶ月かかったのに…!」
(本人は1ヶ月”も”かかったと
思っている笑)

そして改めて、ビジネスを本質から理解し、
修正することができれば、
スキル問わず結果を出すことができるのだ、

と痛感しました。

それをきっかけに、
人の成長を見ることが元来好きな僕は、
ネットでも先生として教え子を持つように。

なにより、コンサルをすることで、
自分が得た知識をアウトプットできるので
完全に自分のものにできますし、

それで相手もとても伸びた時に、
「人生変わりました!」と言ってくれる、
win-winのビジネスができています。

僕の心に火をつけて人生を変えてくれた、
カリスマ講師のように
ビジネスの先生として活動できているのです。

やりがいも、充実感もあり、
「やっぱり人と関わるのが好きだな」
と感じながら生活しています。

大学生や主婦、
ブラック企業に務めるサラリーマン。
たくさんの人と出会い、支援してきました。

そんな人とも将来一緒にビジネスを起こせる
仲間として付き合えたら最高だなと思い、
今も全力でサポートしています。

ロウトの夢

僕の夢は、理想を叶える人の
サポートをするということ。

「真の自由」を目指す人の夢を
徹底的に支援すること。

僕はネット上の仕組みを作った自動化と、
リアルの事業であるフリースクールを
組み合わせようと動いています。

 

でもやっていく中で、

大人が理想の生活ができれば
家庭環境もよくなり、大人も子どもも
幸せになっていくのでは、

と思ったのです。

本当は、フリースクールという環境が
必要ない、という状態が
最高の状態だと気づいたのです。

だから、目の前のあなたに
まずは幸せになってほしい。
自由をつかんでほしい。

そこから周りの人へ、
次の世代の子どもたちへ
どんどん幸せを振りまいて欲しい。

それが1番の教育問題への
対策だと信じています。
だから僕は無限に行動できます。

そして将来的には、
もっと多くの人を支援できるように
オンラインスクールで自分のスキルを

どんどん教えていきたいですし
リアルの環境でフリースクールを
作って子どもの居場所を整えたい。

まだ夢物語です。
最初は諦めかけていました。
挫折しそうになりました。

でも1年半たって。
着実に一歩を踏み出していますし
絶対にできると確信もしています。

夢は叶えるためにあるのです。

あなたにも、
「現実的じゃない。無理だから。」
とあきらめた夢はありませんか?

その夢と自動化を
組み合わせることは
できないでしょうか?

もちろん、
「今の仕事をやめて稼ぎたい。
不労所得で暮らしていきたい。」

それも立派な夢です。
仲間や家族、そして自分を
大切にできる生き方ですよね。

ネットビジネスは、
コツコツ基礎から積み上げていけば
誰だって稼げるようになります。

そしてネットビジネスの良いところは、
それをツールで自動化できること。

一度商品を作れば簡単に大量生産できますし、
広告を使って集客したり、
置いておくだけで販売できます。

YouTubeを使えば教育だって
自動化にできてしまいます。
お金に余裕ができれば心にも余裕ができます。

あなたも理想の生活があるのであれば、
チャレンジした方が絶対に良いです。
失敗なんてありませんから。

僕はずっと「安定」を目指しました。
そこから「不安定」な人生を歩むのは
とても勇気がいるのもわかります。

でもだからこそ、今の職場しかない。
と考えて「うつ」になってしまう人も
多いのかもしれません。

  • ノースキルだから。
  • 自分にはこの仕事以外できないから。
  • 別の世界で生きていくなんてムリ。

 

確かに勇気が入ります。
でも冷静に考えてみてください。

本当の「安定」は
”自分で稼ぐことができる力を持つこと”。
これこそいつの時代だって”最強”です。

転勤で最悪の職場になった時でも辞めたり、
転職という選択肢ができます。
どんな年齢でもうまくいきます。

稼ぐ力というのは
この先、どんな人にも必須なんです。
必須科目なのです。

副業禁止だから行動できない、
というのもわかりますが、
将来困るのは、自分です。

ネットで稼ぐことができれば
経営のスキルだってつくし、
いざという時の保険にもなります。

失敗したとしても
借金まみれになる
なんてことはありません。

一度しかない人生、
挑戦してみなければ
楽しくないです。

現状を変えたいなら
今。
一番若いこの日に動きましょう。

 

こんな僕にもできました。

次はあなたの番ですよ。

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

 

P.S

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